伝説の「描線」が、今、私たちの目の前で呼吸を始める
漫画という表現メディアにおいて、これほどまでに「神聖」という言葉が似合う作家が他にいるでしょうか。少女漫画の枠組みを遥かに超え、文学、哲学、演劇、心理学の深淵にまで手を伸ばした「漫画界の吟遊詩人」、萩尾望都先生。
2025年11月27日、ファンだけでなく、全クリエイター、そして漫画史にとって記念すべき一冊が新潮社より刊行されました。それが、『萩尾望都スケッチ画集I 「ポーの一族」と幻想世界』です。
皆さんは、完成された漫画原稿を見たときに、その完璧な美しさに溜息をついた経験があると思います。しかし、その「完璧」に至る直前、作家の脳内にあるイメージが初めて指先を通って紙に定着した瞬間——「スケッチ」には、完成品にはない、生々しいほどのエネルギーと、無限の可能性が秘められています。
本書は、萩尾先生の創作の秘密が詰まった200冊にも及ぶ秘蔵スケッチブックから、厳選に厳選を重ねた約170点を収録した、まさに「秘宝」の公開です。『ポーの一族』のエドガーが、アランが、そして『イグアナの娘』のリカが、物語という形を纏う前に見せた「素顔」。それは、私たち読者がこれまで決して見ることのできなかった、キャラクターたちの魂の原風景と言えるでしょう。
本記事では、この画集の持つ意味、収録作品の深遠なる世界観、そして「線」の一つ一つに込められた萩尾先生の想いを、徹底的に解説していきます。単なる商品レビューではありません。これは、萩尾望都という巨大な才能の「源流」を探る旅への招待状です。どうぞ、温かい飲み物を用意して、ゆっくりとこの幻想世界へ足を踏み入れてください。
基本情報:『萩尾望都スケッチ画集I』のスペックと物理的魅力
まずは、この画集を物理的な「モノ」として捉えたときのスペックを確認しておきましょう。画集において、判型や紙質、そして出版社がどこであるかという情報は、その書籍のコンセプトを理解する上で非常に重要です。
| 項目 | 詳細データ |
| 書名 | 萩尾望都スケッチ画集I 「ポーの一族」と幻想世界 |
| 著者 | 萩尾望都 |
| 出版社 | 新潮社 |
| 発売日 | 2025年11月27日 |
| 判型 | B5判 |
| ページ数 | 192ページ |
| 価格 | 4,070円(税込) |
| 主要収録作品 | 『ポーの一族』『ゴールデンライラック』『イグアナの娘』『半神』『王妃マルゴ』他 |
| 特典・企画 | 萩尾望都最新インタビュー、本人によるスケッチ解説 |
なぜ「新潮社」からの出版なのか?
ここで一つ注目したいのが、版元が「新潮社」であるという点です。萩尾先生の代表作の多くは小学館の雑誌で発表されましたが、近年、新潮社は萩尾先生の作品を「日本文学の傑作」として位置づけ、文庫化や関連書籍の出版に力を入れています。これは、萩尾作品が単なるエンターテインメントとしての漫画を超え、夏目漱石や太宰治と並ぶ「文学」として扱われていることの証左でもあります。本書の装丁や編集方針にも、そうした「格調高さ」が色濃く反映されており、本棚に置いたときの佇まいは美術全集のようなオーラを放っています。
概要:200冊のクロニクルと「三部作」構想
膨大なアーカイブから紡がれる「選抜メンバー」
本書の最大の特徴は、その素材の膨大さです。萩尾先生の手元には、デビュー前から現在に至るまで、日々のアイデアやデッサンを描き留めたスケッチブックが約200冊も保管されていました。
想像してみてください。200冊です。そこには、世に出ることのなかった物語の断片、採用されなかったキャラクターデザイン、あるいは名作が生まれる瞬間の苦悩の跡が、手付かずの状態で眠っていたのです。
今回の画集プロジェクトは、この膨大なアーカイブの山に分け入り、そこから「宝石」を選り分けるという、途方もない編集作業を経て実現しました。収録された約170点は、単に絵が上手いものを選んだだけではありません。「その作品の核となるイメージが定着した瞬間」や「ファンが知る完成形とは異なる可能性(パラレルワールド)」を示唆するものが意図的に選ばれています。
壮大なる「三部作」プロジェクトの全貌
そして、ファンにとってさらに嬉しいニュースは、この画集が単発の企画ではないということです。新潮社は、このスケッチ画集を全3巻のシリーズとして展開することを発表しています。
- 第I巻:『ポーの一族』と幻想世界(2025年11月刊・本書)
- テーマ:ゴシック、ファンタジー、歴史ロマン
- 収録作:『ポーの一族』『王妃マルゴ』『ゴールデンライラック』など
- 第II巻:『11人いる!』とSF世界(仮)(2026年春以降発売予定)
- テーマ:SF、未来、宇宙
- 予想される収録作:『11人いる!』『スター・レッド』『百億の昼と千億の夜』『バルバラ異界』など
- 第III巻:『トーマの心臓』とドラマ世界(仮)(発売日未定)
- テーマ:心理ドラマ、学園、内面世界
- 予想される収録作:『トーマの心臓』『残酷な神が支配する』『訪問者』など
このように、萩尾作品を「幻想」「SF」「ドラマ」という3つの大きな柱で分類し、それぞれの創作の裏側を体系的に見せていく。これはまさに、萩尾望都という作家の全貌を解き明かす一大プロジェクトなのです。第1巻となる本書は、その壮大な旅の始まりを告げるファンファーレと言えるでしょう。
あらすじと深層分析:収録作品が描く「幻想」の正体
ここでは、本書に収録された主要作品について、単なるあらすじの紹介にとどまらず、その作品が持つ文学的・心理的なテーマ、そしてスケッチ画集で見るべきポイントを深く掘り下げて解説します。
『ポーの一族』:永遠という名の牢獄と、少年の透明な哀しみ
物語の骨格
18世紀中頃、森に捨てられた幼い兄妹エドガーとメリーベルは、老ハンナ・ポーに拾われます。彼女たちは、人の血を吸い、永遠の時を生きる「バンパネラ(吸血鬼)」の一族でした。やがてエドガーも一族の血を受け入れ、14歳の姿のまま永遠の時間を生きることになります。物語は、18世紀から20世紀、さらに21世紀へと続く長い時間の中で、エドガーが様々な人間と出会い、そして別れていく様を描く連作短編形式をとっています。後に仲間に加わる少年アラン・トワイライトと共に、彼らは人間社会の影に潜みながら、終わりのない孤独な旅を続けます。
深層分析:なぜ「14歳」なのか?
『ポーの一族』が革命的だったのは、吸血鬼を「怪物」としてではなく、「永遠の思春期に閉じ込められた存在」として描いた点です。14歳という年齢は、子供と大人の境界線上にあり、未成熟ゆえの美しさと残酷さが同居する時期です。エドガーたちは、精神的には何百年も生きている老成した存在でありながら、肉体は永遠に未完成な少年のままです。この「精神と肉体の乖離」が生む悲哀こそが、本作のゴシック・ロマンとしての本質です。
画集での見どころ
本書には、エドガーやアランのキャラクターデザインが固まる前の初期スケッチが多数収録されています。
- 瞳の表現:エドガーの瞳には、常に深い憂いと、人ならざる者の冷徹さが宿っています。スケッチ段階で、萩尾先生がその瞳にどのような「光」と「闇」を書き込んでいったのか。瞳孔の描き方や、まつ毛の角度ひとつに込められた試行錯誤は必見です。
- 衣装デザイン:18世紀、19世紀、20世紀と移り変わる時代に合わせて変化する彼らのファッション。その資料的な正確さと、漫画的デフォルメのバランスがどのように計算されていたのかが、ラフ画から読み取れます。特にマントやフリルのドレープ(ひだ)の描き込みからは、萩尾先生の美意識がダイレクトに伝わってきます。
『ゴールデンライラック』:戦火に散る花と、記憶の中の楽園
物語の骨格
第一次世界大戦前後の激動の時代。ライラックの花が咲き乱れる屋敷で育った少年ビリーと少女ヴィクトーリア(ヴィー)は、幼い恋を育みます。しかし、戦争が彼らの運命を引き裂きます。ビリーは戦場へ赴き、ヴィーは銃後で彼を待ち続けます。空を飛ぶ飛行機に希望と破壊の両面を見出しながら、二人は大人への階段を上っていきます。失われた平和な日々(ゴールデンライラックの季節)への追憶と、過酷な現実との対比を描いた、リリカルな長編ロマンスです。
深層分析:失われた「古き良き時代」
本作は、萩尾作品の中では比較的ストレートな歴史ロマンスですが、その根底には「不可逆な時間の流れ」への切なさが流れています。「ライラックの茂み」は、二度と戻れない幼年期の幸福の象徴です。第一次世界大戦は、近代兵器が登場し、騎士道精神的な戦争が終わった分岐点でもあります。飛行機というテクノロジーへの憧憬と恐怖が入り混じる描写は、SF作家としての萩尾先生の視点も感じさせます。
画集での見どころ
- エイジング(加齢)の表現:ビリーとヴィーが、幼少期から青年期、そして大人へと変化していく様子が、スケッチを通して克明に記録されています。骨格の変化、表情に現れる責任感や疲労感。漫画においてキャラクターを「成長」させることは非常に高度な技術を要しますが、萩尾先生がどこをポイントに描き分けているかが分かります。
- メカニックと自然:有機的なライラックの花と、無機的な飛行機の対比。スケッチにおいて、植物の柔らかい線と、機械の硬質な線がどのように使い分けられているかにも注目です。
『イグアナの娘』:鏡像の歪みと、母性のディストピア
物語の骨格
主人公の青島リカは、母・ゆりこから愛されずに育ちました。母はリカを見るたびに怯え、冷たく当たります。なぜなら、母の目にはリカの姿が醜い「イグアナ」に見えているからです。そして、リカ自身も鏡に映る自分の姿がイグアナに見えてしまうようになります。自己肯定感を完全に喪失したリカは、恋愛や友情にも臆病になりますが、幼なじみの昇たちの支えにより、少しずつ自分の価値を見出そうともがきます。物語の終盤、母ゆりこの過去と、なぜリカがイグアナに見えていたのかという衝撃の真実が明かされます。
深層分析:心理的リアリズムの極致
一見ファンタジー設定のように見えますが、本作は「毒親」や「身体醜形障害(自分の身体が醜いと思い込む心理状態)」という極めて現代的でシリアスなテーマを扱っています。「イグアナに見える」というのは、母からの拒絶によって歪められた自己認識のメタファーです。萩尾先生は、この残酷な心理状態を、視覚的なトリックを使って鮮烈に描き出しました。
画集での見どころ
- 「イグアナ」の造形:リカの姿であるイグアナは、決して恐ろしい怪獣ではなく、どこか愛嬌があり、そして悲しげな目をしています。この「可愛いけれど人間ではない」絶妙なバランスがどのように模索されたのか。スケッチブックには、より爬虫類に近いリアルなスケッチや、逆に擬人化の進んだデザインなど、決定稿に至るまでの揺らぎが残されているはずです。
- 母・ゆりこの表情:美しいけれど冷淡な母の顔。その能面のような表情の裏にある、母自身の抱えるトラウマや恐怖。スケッチの線には、完成原稿よりもさらに直接的な「鬼気迫る」感情が刻印されている可能性があります。
『半神』:結合双生児が問いかける「私」という存在の境界
物語の骨格
身体が腰の部分で結合した一卵性双生児の姉妹、ユージーとユーシー。姉のユージーは高い知能を持ちますが、栄養を妹に吸い取られてガリガリに痩せ、顔も醜く歪んでいます。一方、妹のユーシーはあどけない幼児のような知能しかありませんが、天使のように美しい容姿で周囲から愛されています。二人は「切り離す手術」を受けることになりますが、それはどちらかの死、あるいは「半神」としての完全性の喪失を意味していました。
深層分析:ユング心理学と影(シャドウ)
わずか16ページの短編ながら、萩尾望都の最高傑作に挙げる声も多い作品です。これは、ユング心理学における「影(シャドウ)」の統合と喪失の物語と読むことができます。賢いが愛されない姉と、愚かだが愛される妹。二人は互いに欠けた部分を補い合う、完全な一つの生命体でした。手術によって「個」として独立することは、同時に「半身(半神)」を失い、平凡な人間になることでもあります。ラストシーンの独白は、読者の心に永遠の棘を残します。
画集での見どころ
- 結合部の描写:二人の身体がどのようにつながり、どのように生活しているのか。機能的な部分のメモ書きや、二人が絡み合う複雑なポーズのデッサンは、人体の構造を知り尽くした萩尾先生ならではの線です。
- 美醜のコントラスト:醜い姉と美しい妹。この極端な対比を、同じ顔のパーツ(双子なので)を使いながらどう表現し分けているのか。表情筋の動きや姿勢の描き分けについての習作は、キャラクター造形の教科書と言えるでしょう。
『王妃マルゴ』:血塗られた歴史絵巻と絢爛たる衣装
物語の骨格
16世紀フランス、ヴァロワ朝末期。宗教戦争の嵐が吹き荒れる中、国王シャルル9世の妹マルグリット(マルゴ)は、新教徒のリーダーであるナバル王アンリと政略結婚させられます。結婚式の数日後、パリで新教徒が虐殺される「サン・バルテルミの虐殺」が発生。血の海と化したパリで、マルゴは機知と度胸、そしてその美貌を武器に生き延びようとします。実在の王妃マルゴを主人公に、宮廷の陰謀と奔放な愛を描いた歴史大作です。
深層分析:歴史の隙間を埋める想像力
アレクサンドル・デュマの小説でも有名な題材ですが、萩尾版マルゴは、単なる悲劇のヒロインではなく、自らの欲望(性愛含む)に忠実で、生命力溢れる女性として描かれています。膨大な史料を読み込んだ上で、歴史の空白部分を大胆な解釈で埋めていく手法は圧巻です。
画集での見どころ
- 16世紀モードの再現:当時のフランス宮廷の衣装は、ラフ(襞襟)やコルセットなど、構造が非常に複雑です。これらを漫画として動かすために、どのような省略や強調が行われたのか。装飾品の細部設定画などは、服飾史資料としても価値があります。
- 群像劇の描き分け:本作には数十人の歴史上の人物が登場します。それぞれの性格を一目で分からせるための「顔」のバリエーション。ヒゲの形、眉の角度、体型など、キャラクターのカタログのようなスケッチ群は圧巻でしょう。
魅力の深掘り:なぜ「スケッチ」が心を揺さぶるのか?
「完成した漫画が一番いいに決まっている」と思っている方にこそ、この画集の持つ魔法を知っていただきたいのです。ここでは、スケッチだからこそ味わえる3つの深い魅力について考察します。
「線」の生々しさと、思考の痕跡(プロセス)
完成原稿の線は「決定事項」です。しかし、スケッチの線は「可能性」です。
萩尾先生のスケッチブックには、一本の線を引くために、何本もの薄い線が重ねられている箇所があります。それは、先生が「もっと美しい角度はどこか」「もっと感情が伝わる曲線はどれか」を探り、迷い、そして発見した痕跡です。
読者は、その線の重なりを見ることで、萩尾望都という天才の脳内で繰り広げられている試行錯誤を追体験できます。まるで、先生の肩越しに作画風景を覗き見ているような、親密でスリリングな感覚。これは、印刷された単行本では絶対に味わえない体験です。
未完ゆえの「余白」が刺激する想像力
本書には、背景が描かれていないキャラだけの絵や、セリフが入っていないフキダシだけのラフ画も多数収録されています。
「この憂いを帯びた表情のエドガーは、一体誰を見つめているのだろう?」
「この余白には、どんな悲しい風景が描かれる予定だったのだろう?」
完成品ではすべてが提示されますが、スケッチでは情報が欠けている分、読者自身の想像力が入り込む余地(余白)があります。その余白に、自分だけの物語を投影することができる。それがスケッチ画集のロマンチックな楽しみ方です。
特に、没になったアイデアや、別バージョンの構図などは、「ありえたかもしれないもう一つの物語」への扉を開いてくれます。
作者自身の言葉という「ガイド」
どんなに素晴らしい絵画も、解説がなければその真意を汲み取るのは難しいものです。本書の大きな魅力は、萩尾先生ご自身による「スケッチ画解説」と「最新インタビュー」が収録されている点です。
「この時は〇〇という映画を見ていて、その影響でこの構図になった」
「このキャラクターは最初、もっと意地悪な顔にする予定だった」
こうした裏話は、作品を何十年も愛してきたファンにとっても驚きの連続でしょう。作品が生まれた背景にある個人的な体験や、当時の社会情勢などが語られることで、絵一枚一枚の解像度が劇的に上がります。
キャラクター紹介:幻想世界の住人たち(スケッチVer.)
本書で出会える主なキャラクターたちを、その役割と、スケッチ画で注目すべきポイントを交えて紹介します。
エドガー・ポーツネル:『ポーの一族』
- 人物像:永遠の時を生きるバンパネラ。見た目は巻き毛の美少年だが、内面は老成し、虚無を抱えている。妹メリーベルを何よりも愛していた。
- スケッチの見どころ:その「透明感」。人間離れした美しさを表現するために、髪の毛の流れ一つ一つに神経が注がれているのが分かります。初期スケッチでの、やや幼い表情や、逆に大人びた冷酷な表情のバリエーションに注目。
アラン・トワイライト:『ポーの一族』
- 人物像:エドガーのパートナー。人間の世界に未練を残しつつも、バンパネラとして生きざるを得ない少年。感情的で人間臭いところがエドガーとは対照的。
- スケッチの見どころ:彼の持つ「生命力」と「脆さ」。エドガーに比べて線に勢いがあり、動きのあるポーズが多いかもしれません。彼のファッションセンスの変化もポイントです。
ヴィクトーリア:『ゴールデンライラック』
- 人物像:時代に翻弄される強く美しい女性。ビリーへの愛を貫き、待ち続ける強さを持つ。
- スケッチの見どころ:少女時代から老境に至るまでの変化。特に、ドレス姿のスケッチは華やかで、当時のファッション誌を見ているような楽しさがあります。
青島リカ:『イグアナの娘』
- 人物像:自分がイグアナに見える少女。内気で自己評価が低いが、芯は優しい。
- スケッチの見どころ:「イグアナ」としての姿と「人間」としての姿の重ね合わせ。悲しみを含んだ瞳の描写は、萩尾先生の心理描写の真骨頂です。
マルグリット:『王妃マルゴ』
- 人物像:奔放な愛と知性で乱世を生き抜く王妃。
- スケッチの見どころ:とにかく豪華。ドレス、宝石、髪型のディテール。そして、彼女の意志の強さを表す、力強い瞳と眉のライン。
Q&A:購入前に知っておきたいこと
ここでは、購入を検討されている方や、萩尾作品初心者の方の疑問にお答えします。
Q1:原作があるかどうかの情報
漫画を読んだことがなくても楽しめますか?
A1. 「画集」としては100%楽しめますが、物語を知ると感動が倍増します。
萩尾先生の絵は、それ自体が一級の美術品です。線の美しさ、構図の妙味は、予備知識なしでも十分に堪能できます。しかし、本書は「創作のプロセス」を見せる本なので、「このシーンがこうなったのか!」という発見を楽しむには、原作を読んでいる方が圧倒的に面白いです。特に『ポーの一族』と『半神』は必読です。
Q2:おすすめの対象
どのような人におすすめですか?
A2. 全ての絵を描く人、物語を創る人、そして美を愛する人へ。
萩尾ファンはもちろんですが、イラストレーターや漫画家志望の方にとっては、プロの思考プロセスを学べる最高の教科書になります。また、アール・ヌーヴォーやゴシック美術が好きな方にも、その耽美な世界観は刺さること間違いなしです。
Q3:作者情報・過去の作品
収録作品は古いものばかりですか?
A3. デビュー前から近年の作品まで、幅広く収録されています。
『ポーの一族』は1970年代の作品ですが、2016年に40年ぶりに再開された新シリーズも存在します。本書には、デビュー前の貴重なカットから、近年の洗練された線まで、萩尾先生の画業の歴史が地層のように積み重なっています。時代の変遷による絵柄の変化を楽しむのも一興です。
Q4:スケッチの質について
「スケッチ」というのは、雑な落書きのことですか?
A4. いいえ、芸術的な「素描(デッサン)」です。
一般的にイメージする「ラフ画」よりも、もっと絵画的な完成度の高いものも多く含まれます。また、簡単なメモ書きであっても、そこには天才の直感が凝縮されており、雑というよりは「本質だけを抜き出した線」という表現が適切です。
さいごに
『萩尾望都スケッチ画集I 「ポーの一族」と幻想世界』。
この本を閉じたとき、あなたはきっと、無性に漫画を読み返したくなっているはずです。そして、読み返した漫画のページの中に、これまで気づかなかった新しい「線」を発見することでしょう。
「ここには、先生の迷いがあったのかもしれない」
「この表情は、スケッチブックのあのページの延長にあるんだ」
そうやって、完成された作品の背後にある広大な「創作の宇宙」を感じながら読む漫画は、今までとは全く違う輝きを放ちます。
この画集は、過去を懐かしむためのアルバムではありません。今なお進化し続ける萩尾望都という巨人の、尽きることのないクリエイティビティの源泉(ソース)そのものです。
2026年には「SF世界」、そしてその先には「ドラマ世界」の画集も控えています。この壮大な三部作の旅はまだ始まったばかり。まずは第1巻を手に取り、その圧倒的な幻想世界に、心ゆくまで溺れてみてください。そこには、言葉では尽くせない「美」の原液が詰まっています。


