かわいくて痛い『増補版 いちご戦争』徹底レビュー!ピンク色の地獄と少女たちの祈り

増補版 いちご戦争 画集・イラスト集
スポンサーリンク
スポンサーリンク

10年の時を経て蘇る、ピンク色の悪夢と希望

2025年、私たちはある種の「今日マチ子イヤー」を目撃しています。沖縄戦を描いた傑作『cocoon』のアニメ化が大きな話題を呼ぶ中、もうひとつの重要な作品が静かに、しかし確かな存在感を持って書店に帰ってきました。それが、『増補版 いちご戦争』です。

2014年の初版刊行から10年以上の時を経て、なぜ今、この作品が「増補版」として生まれ変わったのでしょうか。そして、なぜこれほどまでに多くの読者が、このピンク色に彩られた残酷な世界に惹きつけられるのでしょうか。本作は、第44回日本漫画家協会賞大賞(カーツーン部門)を受賞した実績を持つ、折り紙付きの名作です。しかし、単なる「名作の復刊」という言葉では片付けられない、現代社会に鋭く突き刺さるメッセージがそこには内包されています。

かわいらしいタイトルと装丁に騙されてはいけません。ページをめくった瞬間、あなたは甘い香りの漂う戦場へと放り出されます。そこにあるのは、フォークを握りしめた少女たちと、行く手を阻む巨大なショートケーキやフルーツたち。現実の戦争よりもリアルな「痛み」が、ファンタジーの皮を被って描かれているのです。

本記事では、2025年12月に発売されたこの『増補版 いちご戦争』について、その魅力、初版からの変更点、そして作品に込められた深淵なテーマを、どこよりも詳しく、そして親しみやすく解説していきます。購入を迷っている方、作品の世界観にもっと深く浸りたい方のために、網羅的な情報をお届けします。

スポンサーリンク

増補版のスペックと基本データ

まずはじめに、今回発売された増補版のスペックを確認しておきましょう。特に旧版をお持ちの方は、どこが変わったのかが気になるところだと思います。物理的な仕様の変更は、この作品が「読む」だけでなく「所有する」アートブックとしての側面を強化されたことを物語っています。

項目詳細情報
作品名増補版 いちご戦争
著者今日マチ子
出版社河出書房新社
判型B6変形判 / ハードカバー
ページ数136ページ
価格定価1,980円(税込)
ジャンルコミック / アート / 戦争
特徴カラー増補、新装丁

特筆すべきは、やはりハードカバー化とページ数の増加です。少女の手帳のような儚さを持っていた旧版に対し、増補版はより「絵本」や「画集」に近い、物質としての強度を持った一冊に仕上がっています。

スポンサーリンク

『cocoon』と対をなす、甘い香りのファンタジー戦記

『いちご戦争』は、今日マチ子氏の作家人生において、非常に重要な位置を占める作品です。本作を深く理解するためには、同時期に注目されている姉妹作『cocoon』との関係性、そして本作が評価された理由を知る必要があります。

『cocoon』と対をなす「夢の戦記」

2025年にアニメ化される『cocoon』は、ひめゆり学徒隊に着想を得て、現実の沖縄戦をベースに描かれた物語です。そこには、爆撃、飢餓、そして死といった戦争の現実が、著者の透徹した視線で描かれています。

一方で、『いちご戦争』は完全なファンタジーです。ここでの戦争は、現実の国同士の争いではありません。少女たちが戦う相手は、巨大なイチゴやケーキ、そしてお菓子でできた兵器たちです。『cocoon』が覚醒時の悪夢(現実)を描いたものだとすれば、『いちご戦争』は睡眠中の悪夢(深層心理)を描いた作品と言えるでしょう。この二作は、コインの表と裏のように、「戦争と少女」というテーマを異なるアングルから照射しています。

カーツーン部門大賞の意義

本作は2015年に日本漫画家協会賞大賞を受賞しましたが、それは「ストーリー部門」ではなく「カーツーン部門」での受賞でした。これは非常に示唆に富んでいます。カーツーン部門は、風刺漫画や一コマ漫画、あるいは実験的な表現に対して贈られることが多い賞です。

つまり『いちご戦争』は、物語の面白さ以上に、その表現手法の鋭さ、社会に対する風刺の効き方、そしてアートとしての完成度が評価されたのです。「かわいい」という概念を戦争に持ち込むことで生じる違和感(不協和音)こそが、本作の核となっています。

増補版が提示する新たな価値

今回リリースされた増補版は、単なる再販ではありません。出版社が「カラーを増補し復活」と謳っているように、著者自身による新たな手が加えられています。136ページというボリュームは、絵本としては厚く、長編漫画としては短い、独特のサイズ感です。しかし、その中には「いちごミルク海峡決戦」や「マシュマロ処理班」といった、甘くも不穏なワードセンスが詰め込まれており、読むたびに新しい発見がある密度を持っています。

スポンサーリンク

フォークを握りしめた少女たちが彷徨う、終わらない戦場

『いちご戦争』には、明確な起承転結や、わかりやすい勝利の結末はありません。それはまるで、熱にうなされているときに見る夢のように、断片的で、美しく、そして恐ろしいイメージの連なりです。

物語の舞台は、学校と戦場がシームレスに繋がった不思議な世界。制服を着た少女たちは、日常の延長線上にある行為として、フォークやナイフを手に取り、戦地へと赴きます。

彼女たちの目の前に広がるのは、荒野ではなく、巨大なショートケーキの山脈や、パイナップルが流れる川です。しかし、そこは紛れもなく戦場です。少女たちは「マシュマロ処理班」として危険物の撤去にあたり、「諜報ずきんちゃん」として敵地を探ります。

戦いの中で傷ついた少女たちからは、血の代わりに赤いジャムや果汁が溢れ出します。「丸くてちっちゃくて三角で。甘くて酸っぱくてつぶれやすい」――そんなイチゴの特性は、そのまま未成熟な少女たちの肉体や精神のメタファーとして語られます。

敵を倒しても、あるいは味方が倒れても、世界はパステルカラーのまま。少女たちは無表情に、淡々とその役割をこなし続けます。彼女たちが戦っているのは何なのか。大人たちの欲望なのか、消費社会そのものなのか、あるいは「女の子らしくあれ」という呪いなのか。その答えは、甘い匂いの霧の中に隠されています。

スポンサーリンク

読者の心を抉る、3つの「甘くて痛い」魅力

この作品が持つ、他のどの漫画とも似ていない独自の魅力と、読者の心をざわつかせる特徴について、3つのポイントに絞って深掘りします。

「Kawaii」による毒と批評性

今日マチ子氏の描く線は、柔らかく、どこまでも愛らしいものです。しかし、本作においてその「かわいさ」は、最大の武器であり、同時に猛毒でもあります。

通常、戦争漫画といえば、泥、鉄、血といったハードなビジュアルが想起されます。しかし『いちご戦争』は、ピンク色を基調とした淡い色彩で描かれます。スピン(栞紐)までピンク色で統一されたその本は、一見するとファンシーな画集のようです。

しかし、読者はすぐに気づきます。そのかわいい絵の中で行われていることが、紛れもない殺戮と破壊であることに。「かわいいーおいしーうれしー」という言葉の裏側にある、残酷な現実への風刺。かわいらしいお菓子に置き換えられているからこそ、逆に「人間が人間を壊す」という行為の異常性が際立つのです。現代アートの小沢剛氏による「ベジタブル・ウェポン(野菜の武器)」を想起させるという感想があるように、これは高度な現代アートとしての側面も持っています。

詩のようなモノローグと余白

本作は、吹き出しで会話が進む通常の漫画とは異なり、詩的なモノローグや断片的な言葉がページを支配しています。

「少女の手帳のように読みにくい」と評されることもあるフリーハンドの文字や、書き殴られたようなメモ書きは、戦場にいる少女が震える手で記した記録のようにも見えます。

論理的な説明は極限まで省かれています。だからこそ、読者は「頭」ではなく「心」や「感覚」で作品を受け止めることになります。「甘くて悲しい」「痛くて目を背けたくなる」といった生理的な反応を引き出すことこそが、この表現スタイルの狙いなのです。余白の多さは、読者自身の想像力や、日々の生活で感じている生きづらさを投影するスクリーンとして機能しています。

お菓子というグロテスクな隠喩

本作最大の発明は、戦争の兵器や死体を「お菓子」に置き換えたことです。

いちごミルクの海、パイナップルの川、ケーキの塹壕。これらは字面だけ見ればメルヘンですが、作中ではそれらが少女たちを飲み込み、押しつぶす脅威として描かれます。

甘いお菓子は、消費されるものの象徴です。そして戦場における兵士(少女たち)もまた、使い捨てられ、消費される存在です。この二つを重ね合わせることで、本作は「戦争」と「消費社会」という二つの巨大なシステムを同時に批判しています。ジャムが飛び散る描写は、血飛沫よりもある意味で生々しく、読者に「甘い」という感覚と「痛い」という感覚を同時に処理させる、一種のバグのような体験をもたらします。

スポンサーリンク

名もなき少女たちと、お菓子の兵器

『いちご戦争』の世界では、個人の名前は大きな意味を持ちません。登場するのは「匿名の少女たち」であり、それは読者である「あなた」自身の姿かもしれません。

私(語り手):繰り返される独白

物語の視点となる少女。長い髪をしており、フォークを携えて戦場に立っています。彼女は時に当事者として戦い、時に観察者として世界の崩壊を見つめます。「私を殺しに出かける」といった独白からは、彼女が抱える虚無感や、自己破壊的な衝動が垣間見えます。彼女に固有名詞がないことは、彼女が誰の代わりでもあり得ることを示しています。

少女たち(クラスメイト/戦友):無表情な兵隊

「私」と同じ制服を着た少女たち。彼女たちは集団として描かれることが多く、個性を剥奪された兵士としての側面が強調されています。無表情で整列し、食事をし、そして散っていく彼女たちの姿は、学校というシステムの中での集団生活のメタファーのようにも映ります。

諜報ずきんちゃん:メルヘンなスパイ

増補版に関連するキーワードとして登場するキャラクター(あるいは役割名)。童話の赤ずきんを連想させる名前ですが、彼女が運ぶのはお見舞いの品ではなく、軍事情報かもしれません。かわいらしい童話のモチーフすらも、戦争の道具として機能してしまう世界の歪さを象徴しています。

マシュマロ処理班:甘い危険物の専門家

柔らかくて甘いマシュマロを処理する部隊。一見すると楽しそうな響きですが、文脈を考えれば、それは「危険物処理班」あるいは「死体処理班」の暗喩である可能性があります。あやふやで柔らかいものを、組織的に排除・管理しようとする暴力性が垣間見える存在です。

イチゴ:敵であり、世界であり、私自身

本作における最大のトリックスター。それは敵の兵器であり、守るべき拠点であり、同時に少女たちの肉体そのものでもあります。赤くて、甘くて、潰れやすい。このイチゴという存在こそが、本作の影の主人公と言えるかもしれません。

スポンサーリンク

購入前に知っておきたい!『いちご戦争』あらかると

ここでは、購入を検討されている方や、作品についてもっと知りたい方のための疑問にお答えします。

Q1:原作があるかどうかの情報

原作小説などは存在しません。今日マチ子氏のオリジナル作品であり、ご自身のブログ「今日マチ子のセンネン画報」などで発表されたイラストや漫画がベースになっています。そこから発展し、一つの作品世界として構築されたものです。

Q2:おすすめの対象

「かわいい絵が好きだけど、ただかわいいだけの作品では物足りない」という方や、「現代アートや詩集が好き」という感性の方に特におすすめです。また、日々の生活に息苦しさを感じている方や、少女時代特有の閉塞感に共感を覚える方にも深く刺さる内容となっています。一般的なエンタメ漫画とは異なるため、考察することや行間を読むことが好きな方に向いています。

Q3:作者情報・過去の作品

作者は、現代を代表する叙情作家・今日マチ子氏です。東京藝術大学出身で、繊細な線と独特の色彩感覚に定評があります。代表作には、アニメ化された『cocoon』、文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれた『センネン画報』、短編アニメ化された『みつあみの神様』などがあります。コロナ禍を描いた『#stayhome』シリーズなど、常に社会と個人の関係性を描き続けています。

Q4:「増補版」で追加された要素は何ですか?

2014年版は128ページでしたが、今回の2025年版は136ページとなっており、約8ページの増量があります。出版社情報に「カラーを増補し復活」とある通り、これまでモノクロだったページがカラーになっていたり、新たなイラストが収録されていると考えられます。また、以前のソフトカバーからハードカバー(上製本)に変更されたことで、本の耐久性とコレクション性が格段に向上しています。

Q5:怖い話やグロテスクな描写が苦手でも大丈夫ですか?

視覚的なグロテスクさは控えめですが、心理的な怖さはあります。直接的な流血描写などは、ジャムやお菓子に置き換えられているため、スプラッター的な怖さはありません。しかし、「かわいい絵柄で淡々と残酷なことが行われている」というシチュエーション自体が持つ、静かな狂気や心理的な不気味さは存在します。ホラー映画のような怖さではなく、読み終わった後に胸がチクリとするような、切ない痛みを伴う作品です。

スポンサーリンク

甘い地獄の果てに、あなたは何を見るか

『増補版 いちご戦争』は、2025年の今だからこそ読まれるべき一冊です。

世界情勢が不安定さを増し、画面越しに流れる「戦争」の映像に私たちの感覚が麻痺しつつある現代。今日マチ子氏は、あえて現実感を排した「お菓子と少女」という寓話的な世界を通じて、戦争の痛み、消費される命の儚さ、そして日常のすぐ隣にある狂気を、私たちの網膜に焼き付けます。

「かわいそう」と「かわいい」は、日本語において非常に近い音を持っています。本作はその境界線を曖昧にし、かわいいものが破壊される悲劇と、悲劇の中にすら美しさを見出してしまう人間の業を浮き彫りにします。

甘いお菓子でコーティングされたこの戦争は、決して遠い世界の出来事ではありません。それは、生きづらさを抱えながら現代社会という戦場を生きる、私たち自身の物語でもあるのです。

アニメ化される『cocoon』で胸を締め付けられたなら、ぜひこの『いちご戦争』も手に取ってみてください。美しく装丁されたこのハードカバーの本を開くとき、あなたはただの読者ではなく、フォークを片手に荒野へ踏み出す一人の「少女」となります。甘くて、酸っぱくて、そして痛い。そんな忘れられない読書体験が、あなたを待っています。

Subscribe
Notify of

0 Comments
古い順
新着順 評価順
Inline Feedbacks
View all comments
0
コメント一覧へx
タイトルとURLをコピーしました