伝説の戦略書が、なぜ今マンガで読まれるべきなのか
「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」
この言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは、今から2500年以上前、中国の春秋戦国時代に書かれた伝説の軍事書『孫子(The Art of War)』の一節です。ビル・ゲイツや孫正義といった現代のトップビジネスリーダーたちが愛読書として挙げ、大谷翔平選手も影響を受けたといわれるこの書物は、単なる戦争の道具ではなく、人生やビジネスのあらゆる競争局面で勝利するための「普遍的な哲学」が詰まっています。
しかし、いざ「孫子」を読んでみようと書店で原典や解説書を手に取ってみると、どうでしょうか。
「漢文の書き下し文が難解で頭に入ってこない」
「抽象的な教えばかりで、具体的にどう使うのかイメージが湧かない」
「文字の羅列に圧倒されて、数ページで挫折してしまった」
そんな経験を持つ方も少なくないはずです。どれほど素晴らしい教えも、理解できなければ意味がありません。
そこで今回、自信を持っておすすめしたいのが、『Sun Tzu’s Art of War: The Manga Edition: The Full Story Behind Sun Tzu’s Masterpiece!』です。
この作品は、日本で出版された『マンガ 孫子の兵法 百戦不敗の十三篇』の英語版(およびその元となった日本語版)であり、孫子の教えを単なる解説ではなく、著者である孫武(そんぶ)の波乱万丈な「人生の物語」として描いた傑作グラフィックノベルです。
なぜ、このマンガ版がこれほどまでに優れているのか。それは、兵法が生まれた背景にある「血の通った人間ドラマ」を追体験できるからです。孫武がどのような苦難を経てあの冷徹な戦略を編み出したのか、その過程をドラマチックなストーリーとして読むことで、難解な兵法の真髄が驚くほど自然に腑に落ちるのです。
今回は、歴史好きの方からビジネスパーソン、そして英語学習に興味のある方まで、すべての方に読んでいただきたいこの一冊の魅力を、余すところなくご紹介します。これを読めば、きっとあなたも「孫子」の世界に飛び込みたくなるはずです。
基本情報
| 項目 | 内容 |
| 作品名(英語) | Sun Tzu’s Art of War: The Manga Edition: The Full Story Behind Sun Tzu’s Masterpiece! |
| 作品名(日本語原題) | マンガ 孫子の兵法 百戦不敗の十三篇 |
| 著者(漫画) | ももなり高(Takashi Momonari) |
| 監修・翻訳 | 渡邉義浩(Yoshihiro Watanabe) |
| 出版社 | Tuttle Publishing (日本語版は飛鳥新社などから出版) |
| ジャンル | 歴史漫画 / ビジネス・学習まんが / 伝記 |
| ページ数 | 約496ページ |
| 形式 | ペーパーバック / 電子書籍 |
兵法書ではなく「英雄の伝記」として描かれる作品概要
まず、この作品の立ち位置について整理しましょう。本書は、タイトルに「Art of War(兵法)」とありますが、いわゆる「マンガでわかるビジネス書」のような、解説文がメインでマンガが刺身のツマになっているような本ではありません。
本作は、孫子(孫武)という一人の人間に焦点を当てた、骨太な「歴史大河ロマン」です。
作画を担当するのは、『マンガ 三国志』や『桜奉行 遠山金四郎』などで知られる実力派漫画家、ももなり高氏。劇画タッチの力強い筆致で描かれる戦闘シーンや、キャラクターたちの喜怒哀楽の表情は圧巻の一言です。
そして監修を務めるのは、早稲田大学教授であり、三国志学会の事務局長も務める中国古代史の権威、渡邉義浩氏です。歴史学の第一人者が監修についているため、武器や甲冑のデザイン、当時の政治情勢、地理的な背景描写に至るまで、極めて高い正確性とリアリティが担保されています。
物語は、孫武が故郷を追われるところから始まり、呉の国での立身出世、そして歴史に残る「柏挙(はくきょ)の戦い」での劇的な勝利までを描き切ります。約500ページというボリュームは、読み応え十分。まるで一本の映画を観ているかのような没入感で、春秋戦国時代の空気を肌で感じることができるでしょう。
また、本記事で紹介しているタイトルが英語表記であることからも分かる通り、本作は海外の出版社(Tuttle Publishing)から英語版が出版されており、世界中の読者に親しまれています。日本のマンガクオリティで描かれる「Sun Tzu」は、海外の書店でも平積みされるほどの人気を博しており、まさに世界標準のエンターテインメント作品といえます。
孫武の波乱に満ちた半生を追うあらすじ
物語の舞台は、紀元前500年ごろ、群雄が割拠し、血で血を洗う争いが続いていた古代中国「春秋戦国時代」。
主人公の孫武(のちの孫子)は、大国「斉(せい)」の名門、田氏の家に生まれます。兵法への類まれな才能を持っていた彼は、一族内の争いや政治的な陰謀に巻き込まれ、故郷を捨てて逃亡生活を送ることを余儀なくされます。
流浪の末、彼がたどり着いたのは、長江の南に位置する新興国「呉(ご)」でした。
そこで孫武は、運命的な出会いを果たします。楚(そ)の国から亡命してきた悲劇の将軍、伍子胥(ごししょ)です。伍子胥は、楚の王によって父と兄を無惨に殺されており、その胸には燃え盛るような復讐の炎を宿していました。
「楚を滅ぼし、父と兄の恨みを晴らす」
その執念に生きる伍子胥は、孫武の才能を見抜き、呉の王である闔閭(こうりょ)に彼を推挙します。
しかし、王である闔閭は、若き孫武の実力をすぐには信じません。
「先生の兵法が素晴らしいことはわかった。だが、それは机上の空論ではないのか?」
闔閭は孫武を試すため、宮中の美女たちを集め、彼女たちを兵士として指揮してみせよと難題を突きつけます。きらびやかな衣装をまとい、クスクスと笑う女性たち。常識で考えれば、軍隊など作れるはずもありません。
ここで孫武は、後世に語り継がれる衝撃的な行動に出ます。王の寵愛する二人の女性隊長が命令に従わないと見るや、「軍令の重さ」を示すために、王の制止を振り切って彼女たちを処刑したのです。
「戦場においては、将軍の命令は王の命令よりも重い」
その冷徹なまでの信念に、その場は静まり返り、女性たちは一糸乱れぬ動きを見せる精強な兵士へと変貌しました。
こうして呉軍の総大将となった孫武は、伍子胥とともに、当時世界最強といわれた超大国「楚」への侵攻を開始します。
兵力差は圧倒的。まともにぶつかれば勝ち目はありません。
しかし、孫武には秘策がありました。敵を欺き、疲れさせ、分断し、そして敵が最も予期しない場所から一撃を加える。彼が書き記した「兵法十三篇」の理論が、現実の戦場で次々と実践されていきます。
そして物語のクライマックスは、歴史的な決戦「柏挙の戦い」。
わずか3万の呉軍が、20万の楚軍を打ち破り、楚の都・郢(えい)を陥落させるまでの奇跡的な逆転劇が、圧倒的な迫力で描かれます。勝利の先にある伍子胥の壮絶な復讐、そして孫武が到達した「戦わずして勝つ」という境地とは――。
兵法の真髄が「物語」だからこそ分かる魅力と特徴
難解な戦略が「ビジュアル」で直感的に理解できる
『孫子』の原文を読んでいると、「迂直の計」や「勢(せい)」といった概念が出てきますが、文字だけでこれを理解するのは非常に困難です。
しかし、このマンガ版では、それらが具体的な「絵」として表現されています。
例えば、孫武がどのようにして敵軍を誘導し、有利な地形に引きずり込んだのか。地図上の軍の動きと、戦場での兵士たちの視点が交互に描かれることで、読者は「なるほど、こういうことか!」と直感的に戦略の意味を理解できます。
「敵を欺くとはどういうことか」「情報を制する者がなぜ勝つのか」といった抽象的な理論が、具体的なエピソードとして脳裏に焼き付くため、ビジネスの現場でも応用しやすい「生きた知識」として定着します。
復讐と野望が交錯する濃厚な人間ドラマ
本書を単なる学習マンガだと思って読み始めると、良い意味で裏切られます。ここにあるのは、シェイクスピア劇のような重厚な人間ドラマです。
特に、孫武のパートナーである伍子胥の存在感が物語を熱くしています。彼は理知的な孫武とは対照的に、激情の塊です。故郷を滅ぼすためなら鬼にもなるという彼の壮絶な生き様は、読む者の心を強く揺さぶります。
孫武の「静」と伍子胥の「動」。この二人のコントラストが素晴らしく、友情とも利用関係ともつかない複雑な絆が、物語に深みを与えています。歴史上の偉人たちが、悩み、苦しみ、決断する姿を見ることで、彼らがより身近な存在に感じられるでしょう。
時代考証に基づいたリアルな世界観
監修の渡邉義浩先生の徹底した時代考証により、当時の中国の雰囲気が見事に再現されています。
青銅器時代の武器の形状、戦車の構造、独特な髪型や衣装など、細部に至るまでこだわり抜かれています。特に、当時の戦争が「儀礼」的な要素を色濃く残していた時代から、孫武の登場によって「殺戮と効率」を追求する時代へと変貌していく様が描かれている点は、歴史的な視点からも非常に興味深いです。
ただ面白いだけでなく、正しい歴史知識も同時に身につく。これこそが、大人が読むべきマンガとしての品格を高めています。
英語学習の教材としても最適(英語版の場合)
もしあなたが英語の勉強をしているなら、この作品の英語版(タイトル:Sun Tzu’s Art of War: The Manga Edition)を手に取ることを強くおすすめします。
マンガという形式上、セリフは短く、状況が絵で補完されているため、辞書なしでもスラスラと読み進めることができます。
“All warfare is based on deception.”(兵とは詭道なり)
“If you know the enemy and know yourself, you need not fear the result of a hundred battles.”(彼を知り己を知れば百戦殆うからず)
といった名言を英語で覚えることは、グローバルなビジネスシーンでの教養としても大いに役立ちます。
主要キャラクターの簡単な紹介
孫武(孫子):冷徹な計算と熱い情熱を併せ持つ天才軍師
本作の主人公。一見すると感情を表に出さないクールな理論家ですが、その内側には「無益な戦いを終わらせたい」という強い信念を秘めています。
従来の「戦争は力と勇気」という常識を否定し、「戦争は計算と情報」であるという革命的な思想を持ち込みました。彼の指示一つで戦況がオセロのようにひっくり返るシーンは痛快そのもの。しかし、その合理性がゆえに周囲から恐れられ、孤独を深めていく姿も描かれます。天才ゆえの苦悩と成長が見どころです。
伍子胥:復讐のために悪魔に魂を売った悲劇の英雄
孫武を呉に招いた立役者であり、物語のもう一人の主人公とも言える重要人物。
楚の平王に父と兄を殺された恨みを晴らすため、あらゆる苦難に耐えて呉の将軍まで上り詰めました。その復讐心は凄まじく、「死体を墓から掘り起こして鞭打つ」という故事(死屍に鞭打つ)のモデルになったほど。
鬼気迫る表情で戦場を駆ける彼の姿は、圧倒的な迫力があります。孫武の「知」と伍子胥の「武」が融合したとき、呉軍は無敵の強さを発揮します。
闔閭(呉王):天下を狙う野心家にして冷酷な覇王
呉の王であり、孫武と伍子胥の主君。
クーデターによって王位を奪取した野心家であり、自国の勢力拡大のためなら手段を選ばない冷徹さを持っています。孫武の才能を認めつつも、彼を完全に信頼しているわけではなく、あくまで「覇業のための道具」として利用しようとする緊張関係が描かれます。
リーダーとしてのカリスマ性は抜群ですが、その傲慢さがやがて自身の運命を狂わせていくことになります。経営者やリーダーの立場にある人にとっては、反面教師としても多くの学びがあるキャラクターです。
Q&A
Q1: このマンガには原作がありますか?
はい、あります。
この作品の核となっているのは、孫武自身が執筆したとされる兵法書『孫子』そのものです。しかし、『孫子』自体は論文のような形式で、物語ではありません。
そこで本作は、司馬遷の『史記』や『呉越春秋』などの歴史書に記された孫武や伍子胥のエピソードをベースに、物語としての骨組みを構築しています。つまり、「歴史的事実」という縦糸に、「孫子の思想」という横糸を織り込み、マンガ独自の演出でエンターテインメント作品として仕上げたものと言えます。
Q2: どのような人におすすめですか?
以下のような方には特におすすめです。
- ビジネスパーソン・経営者: 組織論、リーダーシップ、競合戦略のヒントを得たい方。
- 歴史ファン: 特に『三国志』や『キングダム』などが好きな方。そのルーツとなる時代の物語です。
- 活字が苦手な方: 「孫子」の重要性は知っているが、本を読む時間が取れない、または難しくて挫折した経験がある方。
- 人生の悩みを抱えている方: 困難な状況をどう切り抜けるか、人間関係のトラブルをどう回避するかといった、処世術のヒントを求めている方。
Q3: 作者や監修者はどのような人物ですか?
漫画を担当したももなり高氏は、硬派な劇画タッチとダイナミックな構図を得意とするベテラン漫画家です。過去にも歴史物や実録物を多く手掛けており、重厚なストーリーテリングには定評があります。
監修の渡邉義浩氏は、テレビやメディアでもおなじみの中国史研究の第一人者です。『三国志』に関する著書も多数あり、学術的な正確さと一般読者への分かりやすさを両立させる解説に定評があります。この強力なタッグによって、本作は極めて高いクオリティを実現しています。
Q4: ビジネスにはどのように役立ちますか?
『孫子』は「戦わずして勝つ」ことを最善とします。これは現代のビジネスにおいて、「無駄な価格競争を避ける」「ブルーオーシャンを見つける」「交渉で有利な立場を作る」といった戦略に直結します。
また、作中で描かれる「将軍の資質(智・信・仁・勇・厳)」の話は、そのまま現代のリーダーシップ論として通用します。マンガで具体的なシチュエーションを読むことで、抽象的な理論を自分の仕事現場にどう当てはめればよいか、シミュレーションしやすくなるのが最大のメリットです。
Q5: 続きはありますか?
この作品は「孫武の物語」として一応の完結を見ていますが、歴史の流れとしては、この後に「越(えつ)」との戦いが激化し、有名な「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」の物語へと続いていきます。
孫武の死後(あるいは隠遁後)、彼の教えがどのように受け継がれ、あるいは忘れ去られていったのか。歴史書を紐解くことで、この物語の「その後」を知る楽しみも待っています。まずはこの一冊で、孫子の世界の入り口に立ってみてください。
さいごに
『Sun Tzu’s Art of War: The Manga Edition』は、単なる「学習マンガ」の枠を超えた、魂を揺さぶる歴史エンターテインメントです。
2500年前、乱世の極みにおいて、一人の男が必死に考え抜いた「生き残るための知恵」。それが時を超え、国境を超え、今こうして私たちの手元にあることの奇跡を感じずにはいられません。
ページをめくるたびに、孫武の静かなる闘志と、伍子胥の激しい情念が伝わってきます。そして読み終えたとき、あなたの心には、明日からの仕事や生活に活かせる「最強の武器」が確かに刻まれているはずです。
「難しそう」という先入観は捨てて、ぜひこのドラマチックな世界に飛び込んでみてください。マンガで読むからこそ分かる、本当の「孫子」の面白さがそこにあります。


