すべての娘、そして母であったあなたへ
あなたの人生で、最も近くて、最も遠い。そして、最も複雑で、最も影響を受けた人間関係は誰とのものでしょうか。この問いに、多くの女性が「母親」の顔を思い浮かべるかもしれません。愛情、期待、束縛、反発、そして解放。一言では決して語り尽くせないその関係性は、私たちの心の最も深い場所に根ざし、時に支えとなり、時に呪いともなります。
今回ご紹介するのは、そんな普遍的でありながら極めて個人的な「母と娘」というテーマに、真正面から向き合った一冊の漫画、志羽よう先生によるオムニバス短編集『私たちは愛されている』です 。
この作品が特別なのは、その推薦者の顔ぶれを見ても明らかです。漫画家の安野モヨコ氏、小説家の一穂ミチ氏、そして文芸評論家の三宅香帆氏 。女性のリアルな心理描写の大家、人間の機微を繊細に描く文学の旗手、そして言葉のプロフェッショナルである評論家。彼女たちが揃って推薦するという事実は、本作が単なる漫画という枠を超え、現代文学や女性学の文脈でも語られるべき深い人間洞察と芸術性を秘めていることを雄弁に物語っています。
この記事では、なぜ今、この物語を読むべきなのか、その核心に迫ります。ページをめくるごとに、あなた自身の物語が、きっとそこに見つかるはずです。
漫画「私たちは愛されている」の基本情報
まずは、作品の基本情報を一覧でご紹介します。読者が求める情報を簡潔にまとめました 。
| 項目 | 内容 |
| 作品名 | 私たちは愛されている |
| 著者 | 志羽よう |
| 出版社 | 祥伝社 |
| レーベル | FEEL COMICS swing |
| 掲載誌 | FEEL YOUNG |
| ジャンル | 女性漫画、ヒューマンドラマ |
| 形式 | オムニバス短編集(全5編収録) |
| 発売日 | 2025年10月8日 |
特筆すべきは、本作が掲載される『FEEL YOUNG』という雑誌、そして『FEEL COMICS swing』というレーベルです 。このレーベルは、安野モヨコ氏をはじめ、女性のリアルな日常や内面の葛藤を鋭く描く作家たちを数多く輩出してきました。甘いだけの少女漫画とは一線を画す、大人の女性が共感できる骨太なヒューマンドラマを届けてきた実績があります。このことからも、『私たちは愛されている』が、ファンタジーや理想論ではない、地に足のついたリアルな物語であることが強く示唆されています。
作品概要:多様な母娘の形を映し出す万華鏡
『私たちは愛されている』は、単一の主人公が織りなす物語ではありません。それぞれに異なる背景と葛藤を抱えた5組の母と娘の姿を描く、オムニバス形式の短編集です 。
作品を貫くキャッチコピーは、「抱きしめ、ときに振りほどき、それでも選びとる」 。この一文に、本作のテーマのすべてが凝縮されています。母からの愛という名の「抱擁」は、時に娘を縛る檻にもなります。娘は成長の過程で、その腕を「振りほどき」、自立しようともがきます。しかし、その関係性を断ち切るのではなく、葛藤の末に自分たちの手で新たな関係を「選びとる」。この痛みを伴う再生のプロセスこそが、物語の核心なのです。
なぜ、このテーマを描く上でオムニバス形式が選ばれたのでしょうか。それは、単一の物語が「これが理想の母娘関係だ」というモデルケースを提示してしまう危険性を避けるためです。5つの異なる物語を並べることで、読者はそれぞれの関係性を比較し、対照させることができます。ある母親は過干渉であり、別の母親は放任かもしれない。ある娘は母に反発し、別の娘は諦念を抱いているかもしれない。無数に存在する母娘関係のあり方を多角的に照らし出すことで、本作は「唯一の正解」という幻想を解体し、あらゆる関係性の複雑さと多様性を静かに肯定します。
これは、読者が自分自身の親子関係を絶対的な尺度で測るのではなく、無数にあるバリエーションの一つとして捉え直す手助けとなるでしょう。「きっと誰もが、どこかに自分を見つける」 という言葉の通り、5つの物語は、読者一人ひとりの心と経験を映し出す「鏡」のような役割を果たしてくれるのです。
あらすじ:5つの物語、それぞれの祈り
本作には、それぞれに切実な想いを抱える5組の母娘の物語が収録されています。ここでは、現在明らかになっている物語のあらすじを、その情感と共にご紹介します 。
第一編『次に会ったらこうしましょう』
物語の舞台は、とある映画の撮影現場。母を亡くしたばかりの二世女優・まりんは、娘役の演技に行き詰まっていました。葬式ですら、一粒の涙も流せなかった彼女。その心は、母への複雑な感情で凍てついていたのです。そんなある日、まりんは苦手だった母親役の共演者・浅野と休日を共に過ごすことに。海辺で過ごす時間が、彼女の心の固い蓋をこじ開け、葬式では向き合えなかった「本当の母」への想いを揺さぶっていきます。
第二編『サンドウィッチ・ビトゥイーン』 – 縛られる医師
「厳しい母のレール」の上を歩み続けてきた、エリート医師の物語。彼女は「良き娘」であることで自らのアイデンティティを保ってきましたが、結婚という人生の大きな岐路に立ち、初めて母の期待という名の呪縛に息苦しさを感じ始めます。社会的成功を収めながらも、最も基本的な自己決定権を奪われている皮肉。彼女は、母の愛という名の支配から、自らの人生を取り戻すことができるのでしょうか。
第三編『私たちは愛されている』 – 心に穴のあいた高校生
奔放に振る舞う一人の高校生。しかし、その態度の裏には、誰にも見せない心の空洞が広がっていました。そんな彼女が、ふと目にした「一本の映画に腹を立て」ます。その映画は、彼女がずっと目を背けてきた自身の家庭環境や、母との関係における決定的な「欠落」を、容赦なくスクリーンに映し出していたのかもしれません。怒りをきっかけに、彼女は自らの心の穴と向き合うことになります。
第四編『オールアップ』 – 夢を閉じた高校生
田舎町で暮らす、心優しい高校生。彼女の目に映るのは、いつも「くたびれた母の背」。その小さな背中が背負う重荷を知るがゆえに、彼女は自らの夢に蓋をしました。母への愛情が、自分自身の可能性を諦める理由になってしまう。愛情と呪縛が表裏一体であることを象徴するこの物語は、静かな自己犠牲の中に、深い祈りを描き出します。
第五編(タイトル未定) – そして、あなた自身の物語
残る一つの物語については、まだ詳細は明かされていません。しかし、それはもしかしたら、この記事を読んでいる「あなた」の物語かもしれません。これまで語られた4つの類型に当てはまらなくとも、あなたの心にだけ響く、特別な物語が待っているはずです。
作品の魅力と特徴:なぜ私たちは「母」の物語に惹かれるのか
数ある漫画の中で、なぜ『私たちは愛されている』はこれほどまでに私たちの心を惹きつけるのでしょうか。その魅力を3つの視点から紐解きます。
普遍的テーマへの現代的アプローチ
「母と娘」というテーマは、古くから多くの物語で描かれてきました。しかし本作は、その古典的なテーマに、現代的な視点から鋭く切り込みます。「毒親」「母の呪い」「ヤングケアラー」といった現代社会を象徴するキーワードとも共鳴しながらも、単に問題を告発するだけでは終わりません。困難な状況の中から、いかにして希望や救いを見出し、関係性を再構築していくか。その再生への意志こそが、本作の持つ力強い魅力です。
多声性(ポリフォニー)がもたらす深い共感
オムニバス形式を採用することで、本作は「多声性(ポリフォニ―)」を獲得しています。特定の主人公の視点に偏ることなく、複数の娘たちの声、それぞれの痛みを並列に描く。この構造により、読者はより広い視野でテーマを捉え、自分に最も近い境遇のキャラクターに深く感情移入することができます。誰か一人の「正しさ」を押し付けるのではなく、すべての声に等しく耳を傾けるその姿勢が、読者に深い安堵と共感をもたらすのです。
新鋭・志羽ようの筆致
作者の志羽よう先生は、「新鋭ストーリーテラー」と称される、今最も注目すべき才能の一人です 。過度な説明やモノローグに頼らず、登場人物の表情や仕草、あるいは風景の描写を通して、その繊細な心の機微を語る。そんな洗練された作風が期待されます。読者の想像力に委ねる余白を残したストーリーテリングは、物語をより深く、忘れがたいものにしてくれるでしょう。
見どころ・名場面・名言:あなたの心を震わせる一瞬
本作はまだ発売前のため、ここでお届けするのは、あらすじから読み取れる「見どころ」の予測です。しかし、これらの場面が、きっとあなたの心を強く揺さぶるに違いありません。
見どころ予測①:まりんのカタルシスの瞬間(『次に会ったらこうしましょう』より)
母の死に際しても感情を麻痺させていたまりんが、他者である共演者・浅野の前で、初めて感情を爆発させるであろうシーン。それは、長年の抑圧からの解放を意味する、物語のクライマックスとなるはずです。海辺の夕日を背景に、子供のように嗚咽するまりんの背中を、浅野が静かにさする――。そんな情景が目に浮かぶようです。愛憎、後悔、感謝が入り混じった涙は、読者の心をも浄化してくれるでしょう。
名言予測①:「お母さんを、許せなくてもいいのよ」
これは、過干渉な母に苦しむ医師の物語で、彼女を救う第三者(友人や恋人、あるいはカウンセラー)がかける言葉として予測されます。「良い娘でいなければならない」という見えない呪縛から彼女を解き放つ、赦しの言葉。この一言が、彼女が自分の人生を歩み始めるための、大きな一歩となるのではないでしょうか。
名場面予測②:母の背中と諦めた夢の対比
田舎の高校生の物語では、彼女がかつて夢見ていたであろう華やかな世界のイメージ(雑誌の切り抜きや、窓から見える都会へ向かう列車など)と、家の台所で小さく丸くなる「くたびれた母の背」が、見開きのページなどで鮮やかに対比的に描かれるシーンが予測されます。そこにはセリフはなくとも、一枚の絵が、彼女の葛藤、愛情、そして静かな絶望を雄弁に物語る。漫画というメディアならではの、詩的で力強い表現の見せ場となるでしょう。
主要キャラクター紹介
本作を彩る、それぞれの物語の主人公たち。彼女たちの抱える葛藤に、あなたは誰の姿を重ねるでしょうか。
- まりん(『次に会ったらこうしましょう』) 華やかな芸能界で生きる二世女優。亡き母への愛憎と、女優としてのキャリアの間で揺れ動きます。人前では決して見せないプライドと、その裏に隠された深い寂しさを抱えています。
- 医師(氏名不詳) 母の期待に応え続けることで自己を確立してきた優等生。しかし、人生の大きな選択を前に、初めて母への反抗心が芽生えます。彼女の戦いは、静かでありながら、自らの魂を取り戻すための激しい闘争です。
- 奔放な高校生(氏名不詳) 自由奔放な振る舞いで、家庭にぽっかりと空いた心の穴を埋めようとしている少女。ある出来事をきっかけに、自分でも気づいていなかった自身の脆さ、そして愛への渇望と向き合うことになります。
- 田舎の高校生(氏名不詳) 母への深い愛情と責任感から、自らの未来の可能性に蓋をしてしまった心優しき娘。彼女の静かな日常の中に、諦めと、それでも捨てきれない微かな希望が描かれます。
Q&A:もっと知りたい「私たちは愛されている」
ここでは、読者の皆様が抱くであろう疑問に、Q&A形式でお答えします。
Q1: この漫画はどんな人におすすめですか?
母との関係に悩んだり、逆に感謝を伝えたいと思ったりしたことのある、すべての女性におすすめです。特に、安野モヨコ氏の『ハッピー・マニア』のようなリアルな心理描写や、一穂ミチ氏の小説のような繊細な人間ドラマが好きな方なら、きっと深く心に響くはずです。日々の生活に少し疲れたり、自分の心と向き合いたいと感じたりしている大人の女性にこそ、手に取っていただきたい一冊です。
Q2: 1話完結の短編集ですか? 各話につながりはありますか?
はい、全5編が収録されたオムニバス形式で、各話はそれぞれ独立した物語として完結しています 。そのため、どの物語から読み始めても楽しむことができます。しかし、5編すべてを通読することで、「母と娘」という大きなテーマが様々な角度から照らし出され、より立体的で深い感動と気づきが得られる構成になっています。
Q3: 泣ける話ですか? 読後感は重いですか?
心が締め付けられるような切ない場面や、思わず涙するような感動的な場面も描かれていると予想されます。しかし、本作の根底にあるのは、キャッチコピーの「それでも選びとる」という言葉に象徴される、前向きな意志です。困難な状況の中から希望や救いを見出していく物語であるため、読後には重さよりも、温かい涙と共に自身の人生を肯定できるような、静かで力強いエネルギーを感じられるのではないでしょうか。
まとめ
この記事では、志羽よう先生による珠玉のオムニバス短編集『私たちは愛されている』の魅力について、深く掘り下げてきました。本作は、新鋭ストーリーテラーが、「母と娘」という人類普遍のテーマに対し、5つの多様な視点から真摯に向き合った、まさに現代を生きる私たちのための物語です。
これは単なる漫画ではありません。ページをめくる体験を通して、自分自身の過去と向き合い、大切な人との関係を見つめ直すきっかけを与えてくれる、一冊の「人生の書」となりうるポテンシャルを秘めています。
『私たちは愛されている』の発売日は、2025年10月8日です 。また、電子書籍版には限定の描き下ろし1Pマンガも収録される予定です 。
あなたの物語が、この中にきっとあるはずです。ぜひ書店や電子書籍ストアで手に取り、その感動をいち早く体験してみてください。


