映画『プレデター』シリーズに登場する異星人Yautja(ヤウージャ)、通称「プレデター」。彼らと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、「武装した強者との戦いのみを求める、誇り高き宇宙の狩人」という姿でしょう。
ですが、もし、そのプレデターが全ての「誇り」や「掟」を捨て去り、ただの血に飢えた狂人(サイコパス)だったら? もし、彼らがスポーツとしての「狩り」ではなく、快楽のための「殺戮」を始めたとしたら?
そして、その「恥」を浄化するために、Yautja社会が「処刑人」を送り込んだとしたら?
今回ご紹介するコミック『プレデター バッドブラッド』は、まさにその「プレデター VS プレデター」という、ファンにとって禁断でありながらも究極の対決を描いた、伝説的な作品です。
1993年にアメリカで発表されて以来、そのあまりにも強烈な内容でカルト的な人気を誇ってきた本作が、30年以上の時を経て、2025年11月、ついに待望の日本語版として発売されることが決定しました。
この記事では、なぜ今、この『プレデター バッドブラッド』を読むべきなのか、その深い魅力とプレデター史における重要性を、徹底的に解き明かしていきます。
一目でわかる『プレデター バッドブラッド』:基本情報
まずは本作の基本的な情報を、表でご紹介します。最大の注目点は、もちろん2025年11月の邦訳版発売予定という点です。
| 項目 | 詳細 |
| 原作タイトル | Predator: Bad Blood |
| ライター | エヴァン・ドーキン (Evan Dorkin) |
| アーティスト | デレク・トンプソン (Derek Thompson) |
| 原作出版社 | ダークホースコミックス (Dark Horse Comics) |
| 原作発表年 | 1993年 – 1994年 |
| 邦訳版出版社 | フェーズシックス (Phase Six) |
| 邦訳版発売予定 | 2025年11月 |
「狩り」ではない「殺戮」—作品概要—
物語の舞台は、アメリカ・ニュージャージー州の「パイン・バレンズ(松の荒野)」と呼ばれる広大な森林地帯。ここで、常軌を逸した残忍な連続猟奇殺人事件が発生します。
そのあまりに人間離れした手口から、容疑者として追われることになったのは、不可解な過去を持つ元CIA工作員のジョン・パルニック。しかし、彼こそが真犯人の姿を目撃していました。
真犯人は、人間ではありません。それは、Yautja社会の厳格な「名誉の掟(Honor Code)」を破り、ただの血に飢えた「狂人」に堕ちたプレデター、すなわち「バッドブラッド」でした。
そして、この「バッドブラッド」の凶行を、もう一つの影が追っていました。Yautja社会が、この「一族の恥」を浄化・処刑するために地球へと送り込んだ、もう一体のプレデター。「執行者(エンフォーサー)」です。
人間社会から追われるパルニック。快楽のために殺戮を繰り返す「バッドブラッド」。そして同族を処刑するためだけに動く「エンフォーサー」。
この荒野で、三つ巴の地獄のチェイスが幕を開けます。本作は、従来の「人間 vs プレデター」という種族間の生存競争の構図から脱却し、プレデターという種の「社会性」と「暗黒面」を初めて定義した、極めて重要な作品なのです。
狂人が荒野を血に染める—あらすじ—
ニュージャージー州のパイン・バレンズで、不可解な死体が次々と発見されます。そのどれもが、人間の仕業とは到底思えないほど残忍な手口で引き裂かれていました。
地元警察とFBIが捜査に乗り出す中、すべての証拠は元CIA工作員のジョン・パルニックを指し示します。彼は当局から追われる身となりますが、必死に自らの無実を訴えます。彼は知っていたのです。あの「怪物」の存在を。
パルニックが目撃した真犯人、それはYautjaの掟を破った「バッドブラッド」でした。彼はもはや「狩人」ではなく、ただの「殺戮者(ブッチャー)」です。快楽のために獲物を嬲り殺し、その生々しい戦利品を身にまとっていました。
その頃、地球の大気圏に突入する一隻の宇宙船が。そこから降り立ったのは、もう一体のプレデター。彼の任務はただ一つ、「掟破りの同族を処刑すること」。Yautja社会の冷徹なる「執行者(エンフォーサー)」が、ついに獲物(バッドブラッド)を捉えます。
人間からの逃亡を図るパルニック。獲物を求めて殺戮を拡大するバッドブラッド。そしてバッドブラッドのみを追うエンフォーサー。三者の視線が交錯する時、パイン・バレンズの荒野は、血まみれの戦場と化すのです。
30年色褪せない、伝説のコミックたる所以
倫理コードなき「最凶」のプレデター
映画のプレデターが「武装した強者」との戦いを「スポーツ」として楽しむのに対し、本作の「バッドブラッド」は、その対極にいます。彼は「無抵抗な者や弱者」であっても、ためらうことなく惨殺します。
彼は精神的に「狂って(unhinged)」おり、その行動原理は「名誉」ではなく、ただの「快楽」です。本作は、プレデターという種族に「個体差」や「精神疾患」の概念を持ち込みました。誇りというアイデンティティが崩壊したプレデターが、どれほど恐ろしい「連続殺人鬼(シリアルキラー)」と化すか。その恐怖を描き切っています。
「プレデター VS プレデター」という禁断の対決
「もしプレデター同士が戦ったら?」— このファンの長年の夢想に、ダークホースコミックスが初めて本格的に答えたのが本作です。「バッドブラッド」を「処理」するために派遣された「エンフォーサー」は、同族の「警察」あるいは「賞金稼ぎ」のような存在です。
この対決が凄惨を極めるのは、お互いの手の内(装備、思考、戦術)を知り尽くしているからに他なりません。光学迷彩やプラズマキャスターといった「対人間」の圧倒的アドバンテージは機能せず、戦いは必然的に、より原始的で残忍な「近接戦闘」へと発展します。
その結果、本作の暴力描写は、他のプレデター作品群と比べても「常軌を逸している(insanely violent)」と評されるほど、凄まじいレベルに達しています。
90年代の「グランジ(汚れた)」感溢れるアートスタイル
アーティスト、デレク・トンプソンによるアートワークは、1990年代当時のアメコミの流行であった「荒々しさ」と「グランジ(意図的な汚さ)」に満ち溢れています。
現代のデジタルでクリーンな画風とは対照的に、彼のペンタッチは、インクの「カスレ」や「飛び散り」すらもが、キャラクターからほとばしる「血」や「泥」のように感じられます。この独特なアートスタイルこそが、本作のテーマである「狂気」と「制御不能な暴力」を完璧に表現しており、90年代の湿った空気感と閉塞感を、読者に追体験させるのです。
シリーズ屈指のトラウマ!名場面と名言
狂気の「戦利品」
プレデターの「戦利品」といえば、獲物から抜き取った「頭蓋骨(スカル)」です。しかし、バッドブラッドのそれは、我々の想像を絶します。
彼が腰のベルトにぶら下げているのは、浄化(クリーニング)もされていない、**「生々しい人間の頭部」や「引き剥がされた顔」**そのものなのです。
これはもはや「狩人」の証ではありません。「連続殺人鬼」の異常な収集癖です。この強烈なビジュアルこそが、彼の狂気を一目で読者に理解させる、本作最大の見どころ(トラウマ)の一つです。
執行者「エンフォーサー」の容赦なき追跡
エンフォーサーは、バッドブラッドを「生け捕り」にする気など毛頭ありません。彼の目的は、汚れた血族の「存在の抹消」です。
作中、エンフォーサーが人間に撃たれたかのように見える印象的なコマがあります。しかし、これはアーティストのデレク・トンプソン自身が後に明かした逸話ですが、あのコマで描かれている煙は、人間の銃撃によるものではなく、「バッドブラッドによってバイオマスク(ヘルメット)を顔面ごと引き剥がされた」際の描写なのだそうです。
彼らの戦いは、人間の介入すら許さない、神話的なレベルの純粋な1対1の死闘なのです。
「奴はスポーツで狩りをしているんじゃない。ただの殺戮だ」
これは、従来のプレデター像を知る者(=読者、そして物語の登場人物)が、バッドブラッドの凶行を目の当たりにした時の、偽らざる感想を代弁した(象徴的な)言葉です。
彼が「名誉の掟」を完全に放棄した存在であることを示す、決定的なセリフ(の精神)と言えるでしょう。彼にとって獲物は獲物でしかなく、それは弱者であれ、あるいは同族であれ、例外ではないのです。
混沌のニュージャージーを生きる(あるいは死ぬ)者たち
バッドブラッド・プレデター:掟を破った血に飢えた狂人
Yautja社会から「バッドブラッド(ic’jit)」の烙印を押された、精神的に破綻した個体。同族殺し、果ては共食いすら行うとされます。そのキルカウントはプレデター史上でも群を抜いており、一説には人間78人、プレデター7人を殺害したとも言われています。まさに「最凶」のプレデターです。
エンフォーサー・プレデター:狂人を狩る冷徹なる同族の執行者
バッドブラッドのような「掟破り」を追跡・処刑するために存在するプレデター。Yautja社会の「警察」あるいは「内部監査役」のような存在です。彼もまた、任務遂行のためなら(人間に目撃されようが)一切の容赦をしない、冷徹な狩人です。
ジョン・パルニック:すべてを奪われた元CIAエージェント
バッドブラッドの凶行の「濡れ衣」を着せられた、本作の人間側の主人公。警察からの追跡と、二体のプレデターの死闘という、二重の脅威から生き延びなければならない、極限状態に置かれた元エリートです。
『プレデター バッドブラッド』解体新書 Q&A
Q1: このコミックは映画の原作ですか?
A: いいえ、これは映画の原作ではありません。1987年の映画『プレデター』の成功を受けて、ダークホースコミックスが1993年に発表したオリジナルのスピンオフ作品です。
ですが、非常に重要です。 なぜなら、「バッドブラッド(掟を破った犯罪者)」や「プレデター社会の内部対立」といった概念は、このコミックによって初めて生み出され、その後のプレデターの「正史(ロー)」に多大な影響を与えたからです。
Q2: どんな人におすすめですか?
A: 以下のいずれかに当てはまる方には、強くお勧めします。
- 映画『プレデター』シリーズが好きな方(特に、設定や裏話(ロー)を深く知りたい方)
- 「プレデター VS プレデター」という究極の対決が見たい方
- 「常軌を逸したバイオレンス」や「過激なゴア描写」を許容できる方
- 90年代のアメコミ特有の「荒々しいアートスタイル」や「グランジ感」が好きな方
Q3: 作者はどんな人ですか?
A: ライターのエヴァン・ドーキンは、アイズナー賞(コミック界のアカデミー賞)を受賞したブラックユーモア・コミック『Milk and Cheese』の作者としてカルト的な人気を誇る人物です。彼は本作以外にも『プレデター:ビッグゲーム』なども手掛けています。
アーティストのデレク・トンプソンは、この『バッドブラッド』がキャリア初期の代表作となりました。彼が1992年のコミコンで持ち込んだポートフォリオが編集者の目に留まり、その場で本作の仕事を得たという逸話は、彼の画風がいかに衝撃的であったかを物語っています。
Q4: 日本語で読めますか?
A: はい、読めるようになります! これまで本作は邦訳版がなく、入手と読解のハードルが非常に高い作品でした。
しかし、2025年11月に、アメコミ邦訳で定評のある**フェーズシックス(Phase Six)**より、待望の日本語版『プレデター バッドブラッド』が発売予定です。この記事を読んで興味を持った方は、まさに今が予約の絶好のタイミングです。
Q5: 映画『プレデターズ』の「スーパー・プレデター」とは違うのですか?
A: 非常に良い質問です。これはファンの間でもよく議論される点ですが、明確に**「異なります」**。
- 「バッドブラッド」(本作の敵)は、行動規範(掟)を破った「犯罪者」であり、その「呼称・立場」を指します。
- 「スーパー・プレデター」(2010年の映画『プレデターズ』の敵)は、従来のプレデターとは異なる「亜種・別種族」であり、より大きく、より残忍な性質を持つとされています。
つまり、本作『バッドブラッド』が「プレデター社会の倫理的な対立」を描いたのに対し、映画『プレデターズ』は「プレデター同士の種族的な対立」を描いたと言えます。本作は、その「プレデター同士の対立」という概念の原点となった作品なのです。
さいごに:すべてのプレデターファンが目撃すべき「原初の混沌」
『プレデター バッドブラッド』は、単なる「暴力的なコミック」の枠を遥かに超え、プレデターという存在に「狂気」と「社会の闇」という、抗いがたい深みを与えた「lore(伝承)の原点」です。
この作品が定義した「バッドブラッド」という概念なくして、現在のプレデターの豊かな世界観はなかったと言っても過言ではありません。
90年代の熱気と狂気が渦巻く、荒々しくも美しいアート。倫理から解放された「最凶」の殺人鬼。そして、それを追う「執行者」。この究極の対決は、30年の時を経た今も、一切色褪せることはありません。
プレデター史における「原初の混沌(カオス)」にして「必読の傑作」を、ぜひご自身の目で目撃してください。


